A Canary for One

贈り物のカナリア
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NYRB

GuardianもいいけどThe New York Review of Books もいい。マイケル・イグナティエフの論考がよかった。

①ISISの目標は(西欧)世界とイスラームの分断であり、
②ヨーロッパにわたる過程で3,329人のシリア難民が地中海で命を落としたことをパリ攻撃は忘れさせてしまった。
また③シリア難民を見捨て国境を閉ざすのなら、その恨みを忘れない数百万人の人間が生まれる。ホロコーストに匹敵する暴挙であり、また対ISIS戦略としても妥当ではないとしている。

http://www.nybooks.com/articles/archives/2015/dec/17/refugees-and-new-war/

イグナティエフはカナダの政治家であり政治学者。イラク戦争を支持した「リベラルなタカ派」であるが、今回は武力以外の妥当な政策を提案する。「難民受け入れはチャリティーではなく、慎重な判断である」と。難民=テロリスト予備軍とする印象操作がされるなか、「テロに屈さない」ことは難民を強力に支援し、受け入れ続けることだとする。日本もその例外ではない。

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Je suis Paris?

"Beirut yesterday; Paris today. Yemen and Syria everyday."@Adammbaron
(「昨日はベイルート。今日はパリ。イエメンやシリアでは毎日だ」)

このツイートにあるように、大規模なテロがレバノンのベイルートで起こり、イエメンやシリアで毎日のように起こっている。共感の限界や、命の重さが人種や国籍によって異なってしまうことへの違和感がつきまとう。プロフィールにフランス国旗が広まるなか、イスラエル・パレスチナ学生会議で先輩の安田さんがあえてレバノンの国旗を選択していたのがよかった。

社会学にはラべリング・セオリーというものがあって、「おまえは不良だ」とレッテルを貼られた者が周囲からそのように扱われ、本当に不良になってしまう事例を指摘している。テロ行為ゆえに社会から不当に扱われるのではなく、「おまえはよそ者だ、負け犬だ、犯罪者だ」という蔑視からテロが生まれるのだという思考の転換が必要ではないのか。結局は社会的包摂の問題にゆきつくのだ。

9/11以前の1998年に上映されたデンゼル・ワシントン主演の『マーシャル・ロー』では、FBIで長年にわたりアメリカに貢献してきたアラブ系男性の家族まで、テロを未然に防ぐため不当に収監される様子を描いている。同時多発テロ以前のアメリカにはこういう想像力がまだあったのだ。でも恐怖は思考を後退させてしまった。

テロへのリアクションとしての連帯と、そこからこぼれ落ちた者はどうするのだろうという疑問が9/11のときのアメリカと被る。

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